文/中本千晶 イラスト/牧彩子
※『タカラヅカの解剖図鑑』(エクスナレッジ )より抜粋して構成しました。
◆タカラヅカ100年の積み重ねが生み出した珠玉の煌めき
この世に実在するどんな男性よりも素敵な男性と出会えるのがタカラヅカだ。「女性が演じる男性」と聞くとキワモノ感があるが、舞台を観るとそんな先入観は吹き飛ばされてしまう。
一般に「男役10年」などと言われる。異なる性別の人間になり切るためには、立ち方、座り方、歩き方といった基本的な動作から体に叩き込む必要がある。基本動作だけではない。グラスの持ち方、タバコの吸い方、客席への目線の配り方やウインクの飛ばし方、キスシーンに至るまで、あらゆる動作で「いかに男らしくカッコよく見せるか」の工夫を凝らす。色気のある一人前の男役になるまでには10年はかかる。
その成果は切磋琢磨の中で互いに盗み盗まれ、先輩の「芸」は後輩へと受け継がれていく。だから男役は「100年の歴史の賜物」なのだ。とても一朝一夕で出来上がるものではない。
●イラスト:黒燕尾は「男役の制服」といわれ、人それぞれ着こなしにこだわりがある。
◆タカラヅカ100年の積み重ねが生み出した珠玉の煌めき
歌舞伎の女形とタカラヅカの男役、違う性を演じるということで比較されがちだが、両者に共通するのが「女らしさ」「男らしさ」をそれぞれ型で作っていくという点だ。歌舞伎の女形がナヨナヨとしなを作ってみせれは女性に見えるわけではないのと同様に、タカラヅカの男役もガサツにふるまえは男っぽく見えるわけではない。
●イラスト:歌舞伎の女形とタカラヅカの男役
◆彼女たちは娘役に生まれるのではない。娘役になるのだ
女性が同じ女性を演じる娘役は、男役に比べるとラクに思えるが、まったくそんなことはない。「リアルな女性」と「娘役」は別物だ。女性が演じている「男役」がより男らしく魅力的に見えるためには、娘役もまた普通の女性以上に女性らしくあらねばならないからだ。そのためにタカラヅカの娘役は並々ならぬ工夫と努力を重ねている。
「男役さんを素敵に見せられる娘役でありたい」というのがタカラヅカの娘役の信条だ。今や日本でも絶滅危惧種となった「ヤマトナデシコ」の精神が、タカラヅカでは生き続けている気がする。
しかし、ここでいう「女性らしさ」とは世の男性が求めるようなお色気のことではない。美しく清楚で品があって、女性にとっても「理想の女性」と思える存在でなければならない。「理想の女性像」は時代とともに変わっていく。そして、タカラヅカの娘役も時代とともに進化し続ける。
●イラスト:通称「輪っかのドレス」。実際はとても重いが、軽やかに優雅に歩いてみせる。
◆仕事を持ち始めたヒロインたち
タカラヅカのヒロイン像は世の中の女性を写す鏡でもある。かつては「……の娘」や「……の妻」といった役柄がほとんどだった。それが変わり始めたのが80年代あたりからだ。女性の社会進出とともに、タカラヅカのヒロインたちも職業を持ち始めた。最近は主人公の男性と職場で対等に張り合うヒロインも珍しくない。
●イラスト:左…恋に生きて恋に死ぬ、昭和のヒロイン(『うたかたの恋』のマリー)
右…自分の仕事を持つ、令和のヒロイン(『オーシャンズ11』のテス)
◆芝居がお気にめさなくても、ショーで必ず挽回
タカラヅカの上演作品は「一言では説明できない」くらい色々だが、大まかにはストーリーのある「ミュージカル」か、歌やダンス中心の「ショー・レビュー」かに分類される。そして、前半に「お芝居(オリジナルのミュージカル)」、後半に「ショー・レビュー」という二本立てが基本的である。
新作主義だけに、たまに残念な出来栄えのお芝居もあるが、前半でコケても必ず後半のショーで挽回できるのが二本立ての良いところだ。おまけに前半のお芝居ではご贔屓スターの演技力が、ショー・レビューでは歌やダンス、エンターテイナーとしての魅力が堪能できる。つまり役名のスターと芸名のスター、両方の顔が見えるという意味でも大変お得である。
というわけで、初めてタカラヅカを観る方には二本立てを強くお勧めしている。ちなみに、『ベルサイユのばら』や『エリザベート』といった一本ものの大作よりチケットも取りやすいことが多い。
●イラスト:二本立ては1粒で2度美味しい!
スターはお芝居で「役」を演じ、ショーで「芸名の自分」をアピールする。
◆押し寄せる美の暴力を、考えずに感じてください
ミュージカルは他の舞台でも観られるが、ショーやレビューをこれほど大がかりに常時公演している劇団はタカラヅカだけだ。ショーやレビューを見ずしてタカラヅカを語ることはできない、と言っても過言ではない。
ちなみに、「ヨーロッパ的なエスプリとエレガンスを基調としたもの」がレビュー、「現代的でスピーディな構成・演出を特徴としたもの」がショーといわれるが、現在はお芝居に対する「ショー」というときはその中に「レビュー」も含んだ意味として使われることが多い。
ショーでは歌やダンスの得意な人が大活躍だ。また、タカラヅカ独自の舞台機構である大階段(おおかいだん)、銀橋(ぎんきょう)の威力もショーでいかんなく発揮される。銀橋を通るスターが客席に放つウインク、これこそ美の暴力における最強の兵器である。
●イラスト:エレガントな「レビュー」とダイナミックな「ショー」
文・中本千晶(なかもと ちあき)
<プロフィール>
1967年兵庫県生まれ、山口県周南市育ち。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。
舞台芸術、とりわけ宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。
主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇は「愛」をどう描いてきたか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)。早稲田大学講師。
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『タカラヅカの解剖図館』エクスナレッジ
文/中本千晶 イラスト/牧彩子
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イラスト・牧彩子(まき あやこ)
<プロフィール>
1981年生まれ。京都市立芸術大学を卒業後、2008年より宝塚歌劇のイラストを中心に活動。宝塚歌劇情報誌TCA PRESSでの4コマ漫画を連載中。『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』、『タカラヅカ流日本史』などのイラスト担当。初の自著『寝ても醒めてもタカラヅカ!!』(平凡社/2018年)も好評発売中。Twitterアカウント@maki_sun