舞台
醉いどれ天使
はじめにINTRODUCTION
日本映画界が誇る名匠・黒澤明が監督し、1948年に公開された『醉いどれ天使』。のちに数多くの黒澤映画で主役を務める三船敏郎と黒澤の、初のタッグ作品としても知られています。闇市の顔役である松永と、酒好きで口が悪いが腕は一流の医者・真田のやりとりを軸に、戦後の混乱の時代とその中で不器用ながら必死に生きる人々の姿を切り取った、荒々しくも繊細な物語。映画史に残る名作ですが、実は公開からわずか半年後、ほぼ同じキャストとスタッフが集結し舞台化されていました。近年その舞台台本が発見されたことから、色褪せない黒澤明の想いを引き継ぎたいと動き出した、新生『醉いどれ天使』の舞台化。演出に三池崇史、脚本に蓬莱竜太という新鮮な顔合わせで贈る本作にふさわしく、キャストも松永役に桐谷健太、真田役に高橋克典、ほかに佐々木希、田畑智子、篠田麻里子、髙嶋政宏と魅力的な俳優が集結。
そんな『醉いどれ天使』の制作発表の様子と、真田の診療所に身を寄せている訳ありの女性・美代を演じる田畑智子さんに、今回の作品の見どころや意気込みを伺ったインタビューをお届けします。
ストーリーSTORY
夜に隠れ、朝を恐れ、昼を恥じて、
ただ、息をする————
ある夜、銃創の手当てを受けに、闇市の顔役の松永(桐谷健太)が真田(高橋克典)の元へやってくる。
真田は闇市の界隈に住む人々を診る町医者で、酒が好きで口は悪いが、心根は優しく一流の腕の持ち主。顔色が悪く咳込む松永を、診療所で住み込みで働く美代(田畑智子)も心配する。一目見て肺病に侵されていると判断し真田は治療を勧めるが、松永は言うことを聞かずに診療所を飛び出し、居酒屋で働く同郷の幼馴染ぎん(佐々木希)を訪れ、闇市の様子を見回るのだった。
しかし、着々と病魔が松永を蝕み、ダンサーの奈々江(篠田麻里子)は彼から離れていく。一方、松永の身を案じるぎんは、心の内で松永への想いが膨らんでいく。
戦後の混乱の中、松永の采配によって落ち着きを保っていた闇市だったが、松永の兄貴分の岡田(髙嶋政宏)が出所し、闇の世界の力関係に変化が起きていくのであった。
制作発表レポートREPORT
蓬莱竜太(脚本) 黒澤監督の名作を舞台化するということで、映像を演劇として作ることが出来るのかを意識したので、演劇の「醉いどれ天使」になればいいなと思います。コロナ禍で執筆したので、“抗うことのできない時代で生きるしかない”というリンクする部分があったので意識しました。そこにも注目していただけたらと思います。
三池崇史(演出) 本業ではないのでおもいっきり全力でやっていこうと思います。これだけのメンバーが集まっていて、デビューのされ方からここに至るまでの生き方が違った人たちが交錯するところは脚本と通じるものがあるので、それを劇場で目撃していただければと思います。
桐谷健太 蓬莱さんの素晴らしい脚本と、鬼才とよばれる三池さんに、個性豊かで魅力的なキャストのみなさんとご一緒できることを嬉しく感じます。このメンバーなら最高傑作になります。よろしくお願いします。
高橋克典 何度も観た黒澤作品の「醉いどれ天使」ですが、まさか憧れの志村喬さんが演じた役をやらせていただけるとは夢にも思いませんでした。脚本を読ませていただき、映画で観た空気感や世界観と、しかし映っていなかったものを感じて、今は楽しみでなりません。以前「サラリーマン金太郎」という作品の映画で三池さんとご一緒しましたが、そのときは不完全燃焼だったので(笑)。今回また“三池ワールド”に臨むことができて嬉しいです。どんな舞台になるのか楽しみで仕方がありません。よろしくお願いします。
髙嶋政宏 僕が最も映画界で崇拝する黒澤明監督、三船敏郎さんがタッグを組んだ『醉いどれ天使』の舞台版に出演させていただけるということで、マネージャーから連絡来た時に思わず「嘘だろ!」と叫んでしまうくらい嬉しかったです。それと、三池監督の映画に出たいと思っていたので、まさかその願いが舞台で叶うとは思いもよりませんでした。興奮し過ぎて空回りしないように一つひとつ積み重ねていきたいと思います。
佐々木 希 ダンスが好きで上京したぎんは戦争で足を悪くしてしまいます。そんな中でもエネルギッシュで、桐谷さん演じる松永を支え、たくましく生きているぎんを一生懸命演じられればと思います。よろしくお願いします。
田畑智子 明治座に立つのが初めてで、蓬莱さん・三池さんの作品に出演することも初めてですし、映画の舞台化も初めてなので、楽しみなことづくしです。生きることに貪欲な女性を精一杯演じたいと思います。よろしくお願いします。
篠田麻里子 久しぶりの舞台なので不安とワクワクでいっぱいです。私自身はまだ生まれていない時代のお話ですが、戦後を生き抜いた女性を一生懸命演じたいと思います。千秋楽まで走り切りたいと思います。よろしくお願いします。
お2人(蓬莱さんと三池さん)にお聞きします。舞台化するにあたって、先ほど『演劇の「醉いどれ天使」になれば』と話していましたがどのようにそれを実現したのか、またどのように演劇としての魅力を出そうと考えているのかお教えください。
蓬莱竜太 一番意識したのは、それぞれの登場人物の独白を多く入れたところですね。映画では描かれていない心情を役者が吐露することで舞台のリズムになっていく構造にしています。モノローグというのは演劇の基本になる部分なので大胆に作ってみました。同時にいろんなものが観れるのが演劇だと思うので、この登場人物が話している裏ではどう生き方をしていたのかを視覚的に楽しめるんじゃないかと、そういう演劇的な手法を使っています。
三池崇史 許されるのならその素晴らしい台本をお配りしたいくらいです(笑)。これで心が揺れなければ自分の責任だと思っています。とても興奮して読み切ってしまったんですけど、そのあと自分に出来るのかと…。稽古が来るのが先だといいなと思っていたんですけど、ついに稽古が始まるので緊張しています。映画と最も違うのは、その人物がどこで生まれ、何をして、どうなりたかったのかがもっと明確に描かれています。戦後を生き抜いた人々を演じてもらいながら、舞台上で自分自身をさらけ出してもらう、演じているんだけどそこに立っているのは人間そのものっていう、心をむき出してぶつかり合うような舞台にしたいと思っています。
(高橋克典さんへ)スチール写真を見ての感想と、この役の役作りの面白さをお聞きできますでしょうか?
高橋克典 どちらかというとあの写真の方が自分なんですよね(笑)。若い時は求められるものとか、二枚目の役をいただいて、そうすると役に寄せていかなきゃいけなくなるんですよね。でも実は二枚目から遠い人間なので、失敗や挫折を重ねたり、夢をもったりする時間が増えていって、今ではそれを隠さなくて済むようになってきたんです。そのことが俳優としてワクワクするんですよね。この作品はその時代の中で必死に生きていて、我々もこの1年恐怖の中生きていて、人のぬくもりや友人の存在にどれだけの温かみがあるのかという、この作品の根底にある部分が今の時代にもあるのかなと。本当は悲劇とか嫌いなんだけど、明るさや楽しさを盛り込めていけたらいいなと、それをブレンドして出来るのが今じゃないかなと思っています。
皆さんにとって今につながっている長く取り組んでいることなどがあれば教えてください。
蓬莱竜太 一番長くやっていることは仕事ですかね(笑)。
田畑智子 わたしも仕事ですかね(笑)。舞台に立つときは今までにお世話になった監督方や尊敬する先輩方を思い浮かべて出るということはいつもやっています。
髙嶋政宏 中学3年の頃から今までずっとやっていることがあるんですけど、食べ歩きです(笑)。楽しいです。生き甲斐の一つです!
桐谷健太 散歩ですかね。取り組んでいるっていうほどのことではないですけどね。
高橋克典 僕も仕事ですかね。あとは結婚生活ですかね。
佐々木 希 仕事もそうなんですけど。結構ドロドロとした映画が好きで、三池監督の作品もよく観ています。
篠田麻里子 AKBで出会えたことが、劇場で毎日ステージに立つ緊張感や、お客様が入ってやっと一つの作品になるということです。自分のものだけじゃないエネルギーで、人の力でこんなに変わるんだなといつも刺激があるので、好きなものは舞台かなと思います。
三池崇史 監督業を始めた頃はVシネマ全盛期でした。駅前にはレンタルショップがあって、そこの棚を埋めるバイオレンスチックな作品を作っていて、自分の作った作品を観てくれて引っ張って来てくれたきっかけになった方がこの「醉いどれ天使」を企画した方なんです。もしあの時に誰が観るんだよっていうような作品を作ってなければ、目に留まることもなく出会うこともなかったので、この「醉いどれ天使」舞台化の演出という仕事は、自分も思いもよらなかった場所にたどり着いたんですけど、出会いと運命みたいなものを感じています。
桐谷健太 名作映画の舞台化ですが、全く違った魅力的なものをお見せできると思っています。僕自身とてもワクワクしています。生ものなので1公演1公演を最初で最後だと思って出し切りたいと思います。そして舞台を観た方々が、もっと幸せに楽しく強く生きてみようと思っていただけるように、エネルギーと波動を惜しみなく出していくので、ぜひ劇場に足を運んでいただけたら嬉しいと思います。
田畑智子さん
インタビューINTERVIEW
日本映画史に燦然と輝く名コンビ、黒澤監督と三船敏郎さんの初タッグ作品として名高い『醉いどれ天使』の舞台化です。この作品へのオファーが来た時は、まずどう思われましたか?
最初に思ったのは、「黒澤監督の映画を舞台化する……舞台にできるのかな?」ということでした。すごく魅力的な作品ですが、黒澤監督の作品は、映画の中の世界観があるので、ファンの方はどう思われるかな、とけっこう不安に思いました(笑)。もちろん、舞台は舞台の良さがあるのですけれど、“黒澤映画”って、やはり独特の魅力がありますので。
田畑さんが思う、その“黒澤映画”の魅力とは?
ひと言で言うと「カッコいい」です。おしゃれで、登場人物がみんな人間味があり、生きざまがカッコいい。観ていてその世界に深く入り込んでしまう。『醉いどれ天使』もそうですが、映画を観ているとあっという間に時間がたっているんです。それだけ人を惹き付ける魅力があって、しかも観終わった後の衝撃や、爽快感がすごくある。私は映画からこの芸能界に入ったので、映画に対する思い入れが強いんです……もちろん舞台には舞台の、テレビにはテレビの良さがありますが、初めて知った現場が映画だったので。その映画の世界の中で、日本ならではのものを後世に残していかなきゃいけないなと思うし、いまに続く日本映画のアイデンティティは、黒澤さんが作られたものがとても大きいと思うんです。その黒澤さんの映画にはもう出演することは出来ません。観ることしか接点がないと思っていたものに、こういう形で携われるのはやっぱり嬉しい。この仕事をやっていてよかったなと思います。
それだけ思い入れがあると、プレッシャーもあるのでは?
そうですね、ないと言えば嘘になります(笑)。舞台に立つ時はいつも、プレッシャーはあるのですが、今回は日本のほとんどの方が知っているであろう黒澤監督の名前を冠している作品ですので、特にありますね。いままで培ってきたものに、今回この役で新たに挑戦するものを加え、自分も成長できたらと思います。
この『醉いどれ天使』という作品、物語にはどんな印象を抱いていらっしゃいますか。
登場人物が皆、生きることに対して貪欲です。どんな大変な時代でも、やっぱり生きなきゃいけないな、と思わせられました。だからこそ、強さと弱さが入り混じっている世界だなと思いました。それは、男性だけでなく女性もです。女性が生きるためにどう生活していくのか、男性に負けないための女性ならではの強さとか、表わし方がストレートですね。そういう時代感も感じます。
その中で田畑さんが演じる美代は、どんな女性でしょう。
まだ稽古は始まっていないのですが……難しいなと思っています。“弱くない女性”というより、弱く見せたくない。ある男性から逃げて、診療所に匿ってもらっている女性なのですが、逃げたけれどその人のことが好きだという複雑な思いを持っている。いつか爆発しそうな重圧もある人です。いまひとつ思っているのは、隠れているからといって小さくならず、背筋をずっと伸ばしていたいなということ。逃げてはいるけれど、芯の強い人だと思うので。女性ならではの強さをお芝居で出していきたいです。……色々なものを抱えているこの美代という女性が、どんどん愛しく見えてきたら、いいですね。
田畑さんは、三池監督の舞台初演出作品(『夜叉ヶ池』2004年)にも出演されていますね。
三池監督が初の舞台演出で、私が舞台2度目の出演でした。私も舞台というものに全く慣れていなくて、あの時に観に来てくださった方には申し訳ないのですが、私自身「これでいいのかな」と思いながら終わってしまった作品です。心残りがいっぱいあるし、課題もたくさんできた作品ですし、もしかしたら監督もそう思っていらっしゃるんじゃないかな。あれから17年経ちましたので、監督にも、あの時から経験を積んだ自分というのを見ていただけたらと思っています。本当に、あの時以来なんですよ、ご一緒するのは。私は三池監督には嫌われたのかな、もう一緒にお仕事したくないのかな、と思っていたくらいですので(笑)、今回また呼んでいただけて、とても嬉しいです。三池さんに対しては「リベンジ」という言葉が近いかもしれません。ちょっとでも成長したなと言われるよう頑張ります。
三池監督はどんな方ですか? 一見、とても怖そうですが……。
ぜんぜん怖くないですよ! とても優しい方です。でも中途半端なことを許さない方ではありますので、いまの私の中身はこんな風です、というのを包み隠さずさらけ出していかないと出来ません。人間らしさ、人間臭さみたいなものが好きな監督ですので。私自身、こんなお芝居したことないよというものを自分の中から引っ張り出せたらいいなと思います。それはとてもエネルギーを使うことですし、大変なことなんですが。でも出し切らなかったらずっと気持ち悪いままだと思うので、自分の中から120%くらいのものを出したいですね。そうしたら、終わったあとの爽快感は、役者冥利に尽きると思います!
松永役の桐谷健太さん、真田役の高橋克典さんの印象も教えてください。
桐谷さんは、制作発表会見で初めてお話したのですが、年も近いので、一緒にいて心地よいなと思える距離感の方です。高橋さんはお仕事はご一緒したことはなかったのですが、実はこの業界に入ったころからずっと知っているお兄ちゃん。私の中ではおふたりともとても距離感が似ていて、すごくいいコンビなんじゃないかなと思いました。しかもおふたりとも、男としての“厚み”がある。お芝居で絡むことも多いので、負けないように女のパワーを出していきたいと思います。
このコロナ禍で、舞台芸術は以前より不安定な状況にありますが、その中でも田畑さんが舞台に立ちたいと思う、その魅力はどこにありますか。
舞台って、ダメだったらダメ、良かったら良かったって、自分自身で如実にわかるんです。もちろんお客様の反応もダイレクトですが、甘えがあったりしたらまず、自分自身にすぐバレる。“自分を測る”ではありませんが、そういう意気込みでやらないと、舞台に飲まれちゃうんです。舞台に立つからにはちゃんと自分の存在を残さないといけませんし、特に今回は大切な大切な役ですので、きちんと作品の中で生きなければいけません。今回の『醉いどれ天使』は混沌の時代で懸命に生きている人たちのお話です。いまのコロナ禍でこういう作品が出来るのは運命のような気がしますし、生きることへの勇気……ではないですが、何かパワーを感じていただきたい。やる側も、作品からもらえるパワーが大きいと思います。いまやらなきゃできない作品なので、やりたいというより「やらなきゃ」と思っています。
制作発表で、桐谷さんが「観終わったあと、空の感じ方が変わるような作品にしたい」と仰っていました。田畑さんは、この作品を観終わった方に、どんな気持ちで劇場をあとにしてもらえたら最高ですか?
この作品には強いメッセージがあると思いますが、舞台って基本的には、観た方ひとりひとりが好きに感じてくださったらいいと思うんです。でも、そうですね……やっている側が、エネルギッシュに生きているというところを、味わってもらえたら最高かな。戦後の時代を一生懸命生きようとしている人たちの姿を見たら、観る方もどこか心動かされるものがあると思いますし。桐谷さんの仰った「空の感じ方が変わる」というのはとてもよくわかります。「頑張ろう」という言葉じゃなく……すっきりするんじゃないかな。去年くらいから、なかなか生きにくい時代になっています。外出するのも控えようという時ではありますが、舞台を観に行く楽しみをお持ちの方は、この作品は後悔はさせないものになっています。カッコいい男性もカッコいい女性もいっぱい出てきます。カッコいい生きざまも観られますし、あるいは無様に生きる姿もカッコよく見えるというところもあると思います。そういうところを、観に来ていただけたらと思います。こんな時代だけれど、この世の中にも希望はあって、きっとみんな幸せになれる日がくると思うから。この作品を観ていただいて、ちょっと前向きになってもらえたらいいなと思います。
取材・文・撮影:平野祥恵