本日も休診
はじめにINTRODUCTION
広大で繊細な大自然を背景に、型やぶりの医者と個性豊かな村人達が織りなす人間模様。
11/12(金)より明治座で幕を開ける『本日も休診』は、実在した医師・見川鯛山による人気エッセイ『田舎医者』シリーズを下敷きに書き下ろした新作舞台。昭和40年代の那須を舞台に、個性豊かな登場人物たちが交流する様子をユーモラスに描いた作品は、人間に対する優しいまなざしに満ちています。
そして今回は、この作品に出演する柄本明さんに作品の魅力や役柄についてお話を伺いました。
あらすじSTORY
時は昭和、高度経済成長期の頃。
那須高原のてっぺんにある診療所には今日も「本日休診」の札が下がっている。診療所の主は見川鯛山センセイ。
時々コワいがとびきり美人な年下の奥さん・テル子に支えられ、医療に身を捧げ…てはいない。
釣り好きで本業なんかそっちのけ、喧嘩友達の茶畠巡査たちにはヤブ医者と馬鹿にされている。
一方、診療所に集まるのはお調子者のホテルの主人・楠田や変わり者の農家・蚕吉などベテラン看護婦の宮本さんも手を焼くおかしな連中ばかり。
田植えの季節、若い柴田巡査が駐在所に赴任し、東京から来た香織も診療所の仲間に加わった。
田舎の町にも新しい風が吹き、やがて夏へ、秋から冬へ。次々起こる騒動の中、センセイは那須の大自然のように人々に寄り添う…。
原作の見川鯛山とは
その生涯を地域医療に捧げ、地元の人々を愛し、愛された医師・作家の見川鯛山(本名・見川泰山)。1942年無医村であった那須高原で「見川医院」を開業すると、貧しい人々に心を寄せ、熱心に往診を続ける。一方で、作家・獅子文六との出会いを機に文筆業を開始し、1964年刊の『田舎医者』を皮切りに、雑誌連載をまとめた書籍を多数出版。1979年には、田舎医者シリーズを原案にした人情味あふれるテレビドラマが故・森繁久彌を主演で放映。素朴で大らかなユーモアに満ちた私小説的な短編は「医療もの」の枠を越え、今なお多くの支持を集めている。
柄本明さん
インタビューINTERVIEW
楽しく見せられる舞台にしたい
まずは見川鯛山著『田舎医者』シリーズとの出会いを教えてください。
今から10年以上前になるかな? 那須の知り合いの別荘を訪ねたときに見川先生の本が置いてあって、それを読んでみたら面白くて引き込まれて……ということがありました。もともと『田舎医者』シリーズは、70年代に森繁久彌さんがラジオで朗読されていたこともありましたよね。それを何度か聞いたこともありました。
引き込まれた作品の魅力とは、どんな部分でしょうか?
そうですねぇ。僕なんか、東京生まれの東京育ちですけれど、この作品はなんですかね、「田舎」の話ですよね。やっぱりのんびりしているというか、現代と比べても時間の流れがゆっくりだなと、そういったところに惹かれたのだと思います。「那須」という場所は、昔だって今だって、あまり大きなビルディングが立っている場所というわけでもないでしょう? もちろん、どんな場所だってそれぞれ違うわけだけれど、那須には那須の独特の春夏秋冬があるので、そんなところにも惹かれますね。私自身の時間の使い方は……まぁ、スケジュールは毎日違いますからね(笑)。いやいや、忙しくはないですよ。大したことはしていないのに、毎日毎日何をやっているんだろうねぇ?(笑) 映画館にはよく行っているかな。
この作品に出てくる人たちはみな、大変個性豊かですね。
個性豊かというのはあるけれど、言ってみればどうしようもない方たちばかりなのよ(笑)。とてつもなくスケベだったり、ウソツキだったり、酒飲みだったり……それに、大きな障害があったり、ひどい亡くなり方をしたり、信じられないくらい不幸な人も出てきます。まぁ、こんな言葉を使うの憚られるけれど、「勝ち組」「負け組」で言ったら、要は「負け組」……みたいな人たちばかり。お話では、そんな田舎の村にも高度経済成長の波が押し寄せてきて、昨日まではただの「お役所さん」だったような人が、急に土地が売れてお金持ちになって、いい気になってしまったり(笑)。もう、とにかくみんなどうしようもなくダメなの(笑)。それで周りも「あいつはろくでなしだ!」とか、「ウソツキだ!」とかいうんだけど、それでも見川先生の本を読んでいると、そういうどうしようもない愚かな人間たちを、とても温かい目で見ていることが感じられるんですよね。「性善説」……というのとも少し違うかもしれませんが、そんな広い心で書かれた本なのかなって思います。
それからね、原作では意外とエッチな話も多いのよ(笑)。それがけっこういいんだよね。やっぱり、エッチな話っていうのは必要なんじゃない(笑)? それでいて、実在した見川先生って言うのはものす〜ごくカッコいいんですよね。背が高くて、ハンサムで、す〜ごく素敵な先生なんですよね。
今回の舞台では、その見川鯛山先生を演じられますね。
見川先生の本名は見川泰山で、代々医者の家系なんです。その一方、作家や演出家として活躍した獅子文六の弟子になって作家になって……さらに初期の頃は絵画もやっていたらしく、芸術の素養があるみたいなんですよね。エッセイを読んでいると感心するんだけど、「那須連峰に春がやってきた……」なんて、自然描写からはじまる冒頭の文章が、実に見事なんですよね。それで、森繁久彌さんと見川先生が対談されたときに、森繁先生がやっぱり「書き出しが見事だ」ってお話をご本人にされたんだけれど、そうしたら見川先生が「僕は絵をやっていたもので」って言っていたの。ね、だから文章もどこか絵画的、という気がしますね。今すぐに、僕にパッとその文章が浮かんできたらよかったんだけど(笑)。
そんな見川先生を演じるにあたって、ご準備されていることなどはありますか。
う〜ん、そこはまぁ、僕だけで作り上げる舞台じゃないですから(笑)。奥さん役の花總まりさんだったり、昔馴染みの笹野(高史)さんだったり、(佐藤)B作さんだったり、昔馴染みが一緒ですから、楽しくできればと思っています。そして、見川先生の役といっても、舞台はフィクションですし、そもそも自分とは別の人間ですしね(笑)。自分は自分なりに何かを作っていこうとする中で、どんな見川先生が立ち現れてくるか……それはまだわからないですね(笑)。
今回はラサール石井さんが演出を務められます。期待することなどはありますか。
そう! この方も昔から知っています(笑)。以前には新橋演舞場でもご一緒しました。その時は(中村)勘三郎さん、(藤山)直美さんなど、天才俳優の中に混じらせていただきました。それも楽しかったので、今回もまた楽しみにしています。時にはぶつかることもあるのかって……う〜ん、この歳になるとね、もうぶつかるのは面倒なのよ(笑)。ですからここで、「不戦の誓い」を立てておきます(笑)。
まぁでもね、稽古の中ではもちろん、いろいろな意見が出てくるでしょうから、そこはすり合わせることになるのでしょうね。その場合はもう、「妥協」(笑)! 妥協と言っても、それは戦いだから。ぶつかるってことは、何らかの意見を許容できない自分もいるわけで、それを許容するところまで持っていくというのは、きっといろいろな葛藤がある「戦い」でしょう。とにもかくにも、生きていかなきゃいけないっていうのは、しょうがないことだよね。我々はひとりで生きているわけじゃない。だから「妥協」! 我々は「妥協」を宣言します(笑)。僕ももう、そんな歳になっちゃったんだよ(笑)。
ただ、今回は花總まりさんのように初共演の方もいるからね。それは楽しみにしています。まぁ、一回お芝居したくらいでは簡単に打ち解けられないでしょうが(笑)。でも人間なんて付き合えば付き合うほどわからなくなる、そういうものでしょ。でも、自分たちのそういう愚かなさまも含めて、楽しく見せられたらいいなと思っています。
最後に、作品を観に来られる方々にメッセージをお願いします。
まず、見川先生の書かれた原作が、とても素晴らしい本なんです。昭和40年代の頃のお話で、今、私たちが生きている現代社会とはまた違った世界ではありますが、今よりもっとスローな時間を生きる、人間たちの物語が語られます。見川先生は、あまりにも不器用だったり、だらしなかったりして、時代に取り残されたような、忘れられてしまったかのような人たちを、ユーモアを交えながら温かな視点で見守っています。本当に愚かで、どうしようもない人間なんだけど、それでも「大丈夫だよ」って。そんな温かさを感じさせるような舞台を、これからみんなで作れたらいいなと思っています。